01/27/06

終身制問題点3

有名なこの長恨歌によって、玄宗は退屈しのぎに傾国を思って(女色に溺れて)国を滅ぼしたのかと誤解する人が多いと思いますが、実はそうでは有りません。
中国歴代の皇帝は、後から気に入った女性を皇后に入れ替えたり、皇太子の変更などをしますので、政争に発展することが多いのですが、玄宗の場合は飽くまで楊大真を「貴妃」と言う身分のままでとどめて、皇后にしようとしたこともなければ、政治には一切口出しさせなかったのです。
言うまでもなく、「貴妃」とは後宮の身分の一つでしかなく、皇后とは、雲泥の差です。
均田制や府兵制が既に崩壊し始めていたことを、12/12/05「律令体制8(漢民族の広がりと南北問題1)』のコラムで紹介しましたが、この府兵制崩壊の下地があって傭兵が生れ、その背景があってこそ安録山などの節度使が勢力を伸ばして来たのです。
玄宗はいくらやってもどうにもならないので、政治を投げ出したというか・・・倦んでいた言うのが真相で、女色に溺れていたのでは有りません。
12/12/05「律令体制の崩壊(安史の乱の原因)』でも少し書きました。
日本でも吉宗が米将軍として奮闘しましたが、最後はどうにもならず市場経済に翻弄されてしまいましたが、彼の場合は、隠居制を利用して職を退いたので、一人2役を演じることがなかったのです。
日本では、隠居とか譲位制度が発達していますが、中国では玄宗皇帝が安史の乱で亡命している間に息子が帝位について帝国を挽回したので、偶然生前退位になっただけで、死ぬまで皇帝であるのが普通です。
そこで終身制と生前譲位制の比較を考えてみたいのですが、詳しくは知りませんが、世界中殆どの国で生前譲位制を原則としていないのではないでしょうか?
というよりも終身制が王制の基本で、任期制では王制とは言わないのが普通でしょう。
終身統領制というのが有りますが、これに世襲が加われば王制と言うようです。
昨年だったか?ローマ法王の現役での死去が報ぜられていましたが、外国では終身制が原則でしょう。
ただし、私が知っている限りでも、スペインのカルロス一世=ハップスブルグ家のカール5世は、55歳で引退し、息子に譲っている例があるように例外は有りますが・・・日本のように原則的制度ではないと言う意味です。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資
powered by CLICKTX