01/23/06

農業社会政治権力(詩歌管弦の道)2

科挙では、あるべき政治、行政官僚になるべき試験科目が、今のように行政に関連する法知識ではなく、勿論経済政策でもなく、政治に何の関係もない詩文の才が最重視されていたと言われるのを、不思議に思っていた方が多いでしょう。
中国の古典関係の書物は、政治をあまり理解できない日本の文学者が書いていることが多いので、少しは割り引いて理解する必要があります。
そこでこれまで、科挙の実際を見てきたのですが、律令制が始ったばかりの最初こそ、その勉強が中心だったでしょうが、律令制が崩壊していくにつれて、学ぶべき律令がなくなって行きます。
しかも一方で皇帝の専制権力ばかりが強くなっていくのですが、農業社会化していくと権力行政の出番はそれ程度多くはないのです。
そこで、09/26/05「農業社会と政治1(詩歌管弦の道)竹林の七賢』ののコラムで科挙制を書いたついでに、科挙に深入りして4ヶ月も経過してしまいましたが、やっとその続きに戻ります。
社会構造からみて行くと、中国でも黄河上流域に始った商業国家(オアシス国家)から南方支配体制の確立により、農業社会に重心が移行していったので、王様は戦争以外には、するべき政治が殆どなくなっていた筈です。
混乱期には、統一王朝を作るまでは存在価値がありますが、統一してしまうと外敵を作って外征するくらいしか仕事がなかったでしょう。
黄河流域から南方支配に移行した経過については、12/16/05「漢民族の広がり?5・東西移動から南北移動へ3」前後のコラムで紹介しました。
日本では、農業社会化の進展が天皇家の権力を象徴化(無職化)して、詩歌管弦の道に進むのですが、中国では逆に王様の権力を強化して専制化に進んだのです。
しかし、専制権力を強化してみても、国内政治としてするべきことがなければ、皇帝を支えるべき官僚もするべきことがないのです。
するべき政治がそもそもないので、後世の史家や文学者は何を語ってよいのかすら、分からないというところなのでしょうか?



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