01/21/06

科挙試験16(殿試2)

現代政治の話に入ってしまいましたが、兎も角唐代末には、派閥ないし学閥が強固に出来上がってしまい、牛僧儒・李徳裕2派の政争・抗争が続いていたのが唐の滅亡を早めたとも言われます。
この抗争は、現在のように抗争に負けたほうが単に野党になると言うだけでなく、相手方の流罪や、処刑の繰り返しでしたから、人材の損失が生じてしまいます。
(フランス革命時のジャコバンの恐怖政治みたいなものです)
この歴史の教訓から試験官のボスが政治を壟断する弊を断ち切るために、皇帝が最終合否を決める形式になったもので、これを殿試と言います。
殿試と言う熟語は、いうまでもなく皇帝直々に宮殿で行われる試験であるから、宮「殿」の「試」験というのです。
ついでに良く出る漢字ですので、由来を見ておきますと、「殿」とは元々大きなお尻とお尻を置いた台・・転じて立派な台の意味ですが、これが立派な土台のある建物=宮殿に転じ、さらに宮殿の主・・・・殿下などの敬称に転じていくのですが、他方でお尻に重点を置いて、別の方向に発展した意味では、「しんがり」を勤めると言う意味になります。
お尻と貴人の敬称が一緒と言うのは、面白い取り合わせです。
殿試は、宮殿の意味と最後の試験と言う両方の意味を兼ね備えていることなります。
殿試はまさに最後の試験でした。
殿試は、試験官と受験生の師弟関係を公認した上で、皇帝自身が、試験官になって面接し、意気の投合した俊秀だけを合格させ、自分自身が高級官僚のボスになろうというものです。
ところで専制君主は凄く良いものだと思うでしょうが、実は何から何まで自分で決裁しなければならず、一日中判を押してくたくたになっていたと言われます。
日本でも、国会で成立する法律全部に天皇の御名御璽が必要ですが、天皇の国事行為の数が多すぎないかという視点で、06/03/04「天皇家の存在意義6・国事行為4(憲法61)」以下で連載したことがあります。
権限を手放さないようにしようとすると、こういう滑稽なことになるのです。



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