01/21/06
話しを科挙試験による学閥の弊害に戻します。
最後は口頭試問ですので、問答で気に入ったものが合格する以上は、自然と試験官と合格した受験生・・進士との師弟関係になって行くらしいのです。
司法試験も最後は口頭試問ですが、合格させてくれた試験官に対し、私は特に恩義に感じませんでしたが・・・私だけ鈍いのかな?
現代では、個人的色彩(指導教授と学生の人的関係)どころか、これに加えてどこそこの大学卒と言う組織的学閥も盛況です。
ただし、学閥が政治を左右するところまで行ってないのが、救いです。
当時と言うか中国では、秦の始皇帝以来1911年の辛亥革命までは、専制君主制でしたから、これを支える政治スタッフは官僚しかいません。
皇帝が何もかも出来ませんから、専制制が完成化すればするほど、実際には官僚政治に純化していったことになります。
その結果、科挙制が完成に近づくと今のように、別ルートで参入する政治家・・・当時は名門貴族というものが殆どなくなってしまい、科挙の合格者だけが、高級官僚、すなわち政治家でしたから、その弊害が大きくなったのでしょう。
このように学閥が政治を壟断した弊害から考えてみても、試験内容が詩文の才のテストではなく、律令などの実務的なテーマでの意気投合が中心であったことが分かるでしょう。
政策上の意見の一致で、学閥を形成していたのですから一種の政党に近いものだったかもしれませんが、公表された思想ではなく、密室での問答でしかなく、結局は師弟関係を軸にするものですから、学閥と言うことになるのでしょうか?
また、意気投合した内容は詩文の才よりも実務的な政策が中心であったろうということは、学閥のボスとして名を残している人物には、文化人として歴史に残る大物が出てこないことからも分かるところです。
学校で習う教養だけですと、夏目漱石や森鴎外など文人だけが明治を代表する偉人のように誤解し勝ちなのと同じです。
文人は、何時の時代にも、その時代には実は大したことがないのですが、(落ちこぼれと言えば言い過ぎですが、本来主流の人材ではないでしょう。)書いたものが残る強みだけで誤解されるのです。
後世になれば、今の小泉総理や橋本元総理よりも、今は、どうってことのない何とか賞作家の方が、名が残る可能性の方が大きいのです。
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