01/20/06

科挙試験14(殿試1)と師弟関係(派閥とは?)

殿試が生れた理由は、唐代末に、この師弟関係を軸とした派閥争い(牛僧儒・李徳裕両派閥の抗争が有名です)が激化したことにあるでしょう。
(いつものように私の想像的こじつけです。)
中国での政争としては、漢代の「党錮の禁」・・争いが有名ですし、宋代の新法党と旧法党の争いも有名です。
唐代末のこの政争があまり有名でないのは、合格者と試験官との人的つながりを主軸とする文字通りの派閥(学閥)争いでしかなく、社会変革の要求に基づく本来的意義がなく、生産的でなかったからです。
この機会に派閥と党の違いを考えて見ますと、「党」は一定の主義主張に基づく集まり、と言えるに対し、閥は学閥、門閥、閨閥、薩長閥などなど、閥の用法から見れば、主義主張によるものではなく、人脈的集まりを主体とするものといえるでしょう。
ただし、閥とは、元は中国で家柄を誇るために、門柱の左にかけた札のことらしいですが、日本では上記のように、勲章的用法ではなく、家柄・ひいてはその出身を元にした人脈に転化していったようです。
この点、近年流行している文教族や土木族、その他○○族と言われるグループは、主義主張でもなければ、人脈でもない、それぞれの専門分野に関与してる政治家・・専門家と言う意味が含まれています。
勿論、それぞれの分野の役人その他と同僚などとの人脈も形成されて行きますし、文科省、経産省、郵政などなどの、省益の実現に向けて族議員同士での結束もします。
しかし、族議員のグループの本質は、特定の政治的主張で結成しているものではなく、むしろ同じ役所に対する影響力を競いあう、競争相手的要素の方が大きいでしょう。
特定の分野に関与している仲間・・・同じ場に居合わせるという一種の一族的グループと言えるに過ぎませんから、族議員と呼ばれるようになったのでしょう。



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