01/18/06
ところで、格式の「格」が今で言う「法」であり、「式」が今の細則のことだと書くと驚く方が多いでしょうが、今でも通用している格子(戸)と言う単語がありますが、これは如何にも「雁字搦めの法網」のイメージに合うでしょう。
その他、格言、合格(予め決めた規格、規準に合うかどうかと言う問題です)格納(がっちりしまう)体格などなど、今でも同じ用法で使われているのです。
格とは国の骨組みを言うのです。
これが長年実用から遠ざかっているうちに、格式とは古くから名前の出ている神社などが自慢ばかりに使うものですから、家柄などののステータス=格式と転じて来たのでしょう。
明治時代に新しい法律の名称をつけるときにどうしたかと言うと、先ずは清律或いは律令体制の名称に戻って、そのままに明治の最初は新律綱領等の名称でやっていたのです。
刑法、または刑罰の歴史のコラムで、熊本藩その他の江戸時代の刑法典を紹介しますが、殆どは・・律と言う名称でした。
07/28/05「明治以降の刑事関係法の歴史2(清律2)」前後で明治初年の法制定過程と、その名称を紹介しました。
本格的な法制定作業が進んでくると、どうも「律」のままでは、古来から輸入法でしかなくて、(要するに習俗・法感情に合致しなかったのです)まともに守られなかった歴史があるので、新しい時代の骨組みの表示としてはまずいとなって来ます。
国家の骨組みを表す単語ならば、本来は骨格の「格」ですし、「格式」の方は純粋日本製での法ですが、「格」も「式」も誰も守らなかった歴史しかなくて、「律」よりも、もっとマイナスイメージです。
「式」は儀式のときだけ守ってきたので、形式の「式」とか儀式の「式」「式次第」にしか用法として残っていないことから分かるように、新時代がきて国民が等しく守るべき「法」ルールの名称としては、まずかったのでしょう。
これに対し、宗教用語の「法」の方が格式?が高そうというか、内容実質が伴う印象が強いので、ダークホースとして「法」という呼称が浮上し、採用されたのではないでしょうか?
要するに、中国からの律令(中国経由の儒教などの思想)よりも仏教思想の方が、当時は、国民一般の支持を受けていたということの表れでしょう。
この点は、11/29/05「神仏習合の基礎2(仏教の心は森にある)」やその後の12/01/05「明治以降の儒教的社会の到来3(廃仏毀釈1と儒教)」などで
儒教と仏教の関係で少し書きました。
こうした歴史を経ていますので、日本では、「法」は実質的に正義に合致したものであるべきと言う含意があります。
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