01/14/06
しかし、何回も書きますが、耕地の公的配給制度は、兵役対象者の確保と耕地所有者のいなくなったミスマッチ解消策として、中国で始まったものですから、ミスマッチもなく人余りになれば、これを実施するのは無理な制度です。
723年には耕地倍増計画が、国家的事業になったと言うことは、人あまり、耕地不足時代になっていた事が分るでしょう。
九州沿岸に防人を配置したものの、意外に唐や新羅の攻撃がなくて、兵士の死亡は皆無だったのですから、大宝律令が出来たころには、既に人あまりに転化していたのでしょう。
これでは、配給するべき耕地が足りないのですから、公地の配給制は直ぐに行き詰まる訳です。
現在一般にイメージされている配給制と言うのは、物不足社会で人道上放置できないときに緊急避難として分配の公平のためにこそ妥当するものです。
社会主義・共産主義思想も、物資の公平な分配に基礎を置くのです。
これに対し、魏晋南北朝以来の長年の戦乱の結果中国で生れた公地公民制は、人不足社会解消のために始まったものですから、普通の配給制とは違い、比ゆ的には人の配給制だったと言えるでしょう。
あるいは、土地の強制的割り当てによる耕作強制制度だったともいえるかもしれません。
今で言えば機械をくれたのではなく、機械の前に坐らされて、仕事を強制されているようなものです。
物資の配給・・・・戦時中の配給制度は、直接の目的は戦争遂行のための必要性でしたが、究極の目的は、人を飢えさせない人道的な精神でしょう。
あえて、物の配給と人の配給の違いを言えば、元々流通を前提とした商品を配給制に切り替える場合は、市場を通じた分配に変えて、公的管理のもとに分配しなおす所に意味があるのです。
これに対し土地の場合は、元々市場分配を予定していないので、(今でも不動産と言い、動かないものです)流通在庫を余分に持つことはないのです。
不動産屋は、今では流通在庫を持っていますが、宅地やその他の転売用であって在庫に馴染みますが、今でも、農地については、不動産屋の流通在庫として荒地にして(農地は放置すれば荒地になります)保管している仕組みではないのです。
農地については、中間の業者や公共団体が一旦仕入れて転売や次の耕作者が見つかるまで保管するには、性質上適さないのです。
農地の配給など誰も思い付かないのは、歴史上農地不足社会できたために、(高度成長期までの農民は、自分の農地は寸土でも余計欲しい人ばかりだったでしょう。)そうした無駄な土地がありえなかったからでしょう。
耕地公民制度は配給と言うよりも、労働強制制度と理解するのが正しいような気がします。
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