01/07/06
そもそも給与だけで生活するのを基本にする現在のシステムでは、環境や人類のために働く人に対する寄付が集まり難いのです。
私などは、美談を聞いても、感心して報道を見ているだけで終わりになるのですが、もしも寄付が生活費の殆どを決める社会であれば、寄付したくなるでしょう。
また、寄付した分だけ所得税が減額される社会システムであれば、「税金を納める代わりに今年の寄付はこれに決めた」と言うわけで、直ぐに寄付金が集まるのではないでしょうか。
寄付社会にするには、10/25/03「教育改革21・・・・・寄付と所得税法1(税制の直接民主主義5)」連載コラムで書いたように税制の改革が必須ですが、それと平行して、寄付を求める需要のほうの存在も必須でしょう。
肝心の研究者が、「自分は十分給与を貰っているからいいのだ。」と言う態度では寄付は集まりません。
大学や研究機関がメセナ化しているのにおんぶしている形ですが、それでは、その機関やその機関を監督する官僚の匙加減になってしまい、国民の支持の有無・強弱の声は届きません。
社会或いは人類のために有用な研究あるいは、善行を積んでいると社会が認めれば、そこに寄付が集まるようにすべきで、有用かどうかを、役人が決めて、税金から補助金を出す仕組みでは、社会が硬直化してしまうのです。
11/11/05「変質・常習犯罪の解決4(学者の責任と政府の責任)」の常習犯罪者のコラムで書きましたが、役人が研究対象まで決めている現在社会では、隙間の研究者が育たないのです。
私の考えは、個人の好みでこつこつと研究し、これを市場が認めてくれるかどうかにかからせるべきだと言うものです。
私の言う市場化とは、こうした国民多くの支持を多く受ける分野に寄付が集まる仕組みも含むのです。
こうした社会をどのようにしてつくり上げて行くかについては、鶏が先か卵が先かの話に似ていますが、社会の発展にはそれなりの産みの苦しみが必要でしょう。
人一倍高給を貰っている教授先生ばかりでは、誰も寄付したいとは思わないでしょうから、寄付その他の収入を必要とする社会を先に作るべきでしょう。
そうすれば、寄付に対する関心も高まり、寄付行為が増えていきますと自ずからその分の所得税を安くしろと言う圧力が高まって、次第に寄付控除の割合が増えていくのではないでしょうか?
今は、政府の関与が多すぎるのです。
その結果将来的・・理想的には、税の使用目的は、生活の最低保障のための支出に限り、それ以上は寄付で決めて行く社会になっていくのではないでしょうか?
役人もグンと減らせますよ!
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