01/03/06
初詣の入り口で話が停滞していますが、初詣が戦後何故盛んになったのか、この機会に考えて
みましょう。
午前零時直前の深夜に、しかもある程度遠い有名神社などに出かけて行く若者の初詣
風俗から考えてみましょう。
戦後いきなり若者が信心深くなったわけではないのですから、それなりの理由があるのです。
私の見るところ、田舎では、夏の盆踊りに若者が繰り出して、(古代の歌垣の名残です)夜遅くまで
若い男女が会う機会があったのに対し、高度成長期以降大量に都会へ出て行った若者には、こう
した機会が少なくなっていたことと、寒い冬でもデートしたい時代が来ていたからではないかと思
っています。
夏は、下着に近い浴衣ですから、狭い地域内の遊びですが、高度成長期でみんなが振袖など
で着飾れる時代が来ると、寒い冬の方が似合う時代が来たのも一因かもしれません。
このころから銀行やデパートなど殆どの会社で、初出勤から松の内の間は、若い女性の振袖姿が
主流になっていたのです。
初詣に行くと言えば、年頃の娘でも、彼氏と深夜に出かけるのは、フリーだったのです。
今は流行らないかもしれませんが、昭和30年代中ごろには、年頃の娘さんは、それぞれ振袖姿に
着飾って(勿論髪も結います)彼氏一緒にでかけていくものでした。
女性が折角半日もかけて着飾って出かけるのには、直ぐ近くの小さな祠では意味がないので、舞
台装置の良い明治神宮などが人気スポットになったのでしょう。
次に昼間を見ると、縁もゆかりもない(氏子ではない)明治神宮や成田山への大人の初詣も多くな
っています。
最初は、企業の行事(・・一種の行楽です)としての、団体初詣が盛んでした。
成田山の参道で、伝統のありそうな所でお昼を食べようとすると、いかにも団体向けの大部屋ばか
りでがっかりしますが、この時代に出来たものだからでしょう。
今では、旅行は個人で行きますが、最初は、企業などの団体旅行が主流だったのと同じです。
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