01/02/06
最近ブームの熊野古道で知られる古代の熊野詣は、巡礼の原始的形態として考えることが出来るでしょうが、グルグル巡って歩く巡礼は、庶民の懐が豊かになった江戸時代から流行したものでしょう。
くまの古道では、何とか王子と言って参詣客の宿駅が用意されていますが、四国88箇所や西国33ヶ所にはそうした公的設備がないのですから、貨幣経済とか一般向けの宿屋の発達・・・行路の安全等々の総合的発達以前には大流行にはなれなかったでしょう。
巡礼の効用は、単なる観光目的だけでなく、(観光のつもりで出発するのでしょうが・・・)長い間参道を経巡っている内に自ずから信仰心が高まっていくことにあるようです。
熊野古道が現在でも有り難がられるように、日本人には森の民としての信仰心が呼び覚まされるのです。
その点では、タクシーやバスを乗り継いで、飛び飛びに合計88箇所行ったことにする現在のお遍路さんでは、結果だけ似ていますが、本来の効用が大分違うようです。
山道を歩くと言えば、一般庶民参加以前にプロとしての山伏・修験者や行者が文字とおり行く人ですから、巡礼の先駆けだったと言えるでしょう。
このプロ達は古来から錫杖(しゃくじょう)を使っていたのです。
錫を日本語すなわち訓読みで「スズ」(金属名です)と発音しますから、最初の内は、鈴(スズ)は錫で代用品として(金扁に易しいと言う字です)作られていたのでしょう。
本来の鈴は、澄み切った美しい音を出すものと言う意味ですから、材質の発展順序から考えると、
純度の高い鈴はかなり遅れて発達したものでしょう。
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