01/02/06
日本で叩くのは、せいぜい料理屋さんとか御屋敷で、(屋敷内で)女中さんを呼ぶために、大声を
出すのが、はしたないので手を叩いたり、鈴を利用する程度でした。
拍手(かしわで)と鈴の音で神様に合図するのは、日本的感性に合致しているようです。
ちなみに「鈴」という漢字は、金扁に令(金+令)ですが、この令という漢字は、元々神のお告げを
示す意味 から始って、命令や法令と言う熟語になっているのですから、巡礼が鈴を振りながら歩く
イメージは、思想的には、意外に古い歴史に基づいている可能性があります。
ところで、「巡礼」と言う言葉は、非日常的で、何となく、イスラム教徒のメッカ巡礼などのイメージ
で報道されますので外来語の翻訳かな?と思い違いしがちです。
しかし、この由来を考えてみると、これが結構日本語なのです。
巡礼の礼は、お礼(れい)ではなく西国33箇所や、四国88箇所の観音霊場めぐりを考えれば、分かりますが、いわゆる札(ふだ)所めぐりなのです。
「ふだしょ」を巡るから巡礼と言うわけですが、この造語がいつできたのかの関心です。
今でも、普通には、札所めぐりとか、お遍路さんに行くとかいうだけです。
ただし、江戸時代の往来手形には、○○の巡礼に行くとかの漢語で書かれていて、お遍路さんとは、書かなかったようですから、少なくとも江戸時代からある御役所用語だったようです。
この御役所用語がいきなり新聞報道などで、イスラム教徒によるメッカなどの巡礼報道となっているらしいのです。
ただし、役所は単に漢字で書いていただけで、当然振り仮名までつけていませんが、「ふだ」所めぐりなら「さつ」と読むべきでしょう。
これを、何時のまにか「レイ」と読むようになったのは、御参りして礼(おじぎ)をする所から、巡レイと言うようになったのか、それとも報道機関が振り仮名のない漢字熟語をそのまま流用している内に、「じゅんさつ」では語呂が悪いので、「じゅんれい」としての読み方が定着しただけかもしれません。
ちなみに、何故札所(ふだしょ)かと言うと、巡礼としての往来手形(今で言う所のパスポートです)を取得して故郷(くに)を出た以上は、巡礼先のお寺の宝印(今でいえば、相手国の出入国記録みたいな物と、出張先の受け入れ証明みたいなものです)が必要だったのでしょう。
勿論、「御札を納めたり、貰ったり」と言う古来の習俗からして書いていく必要がありますが、今日はこの点はこのくらいにしておきましょう。
9・11以来、アメリカ=U、S、Aに行くには、アメリカ国内のホテル名まで明記しないと入国審査で引っかかって大変な思いをすると言われます。
江戸時代には、受入先の保障がなくとも観音霊場参りにいくと言えば、役人の方で、「○○巡礼」と書いて往来手形を出してくれたのです。
勿論行く先によって、金毘羅詣でとか、西国33箇所とかの記入がされたようです。
江戸時代には、今の国際社会同様にパスポートもあれば経済界では為替手形が発達しているし、国際巡礼システムまで出来上がっていた、ミニ国際社会だったのです。
わが国江戸時代での為替の発達については、04/24/03「銀行とは? 1」のコラムその他で紹介しています。
話しを巡礼の鈴に戻しますと、巡礼と鈴との関係は何時から始ったのか明らかではありません。
山本有三の名作、「真実一路」の
「真実一路の旅なれど真実、鈴振り、思い出す」と書かれている鈴振りは何時から始ったのでしょうか?
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