01/01/06
イギリスやフランスなど西洋でも中国でも、有名な建物が、道路ギリギリに建っている事が多いの
で、現地で家族を一緒に写真に収めようとすると苦労するのです。
この結果、日本の名所旧跡は、広い敷地内の樹木の奥にあることが、外国の名所を見ることで実
感されてくるわけです。
(外国旅行の効能の一つでしょう。温故知新・・古きをたずねて、その結果あたらしきを知るのと同
じで、外国へ行くことによって、より良く自分の国を知るのです。)
わが国では、先ず建物が、門塀で囲まれていて、建物が剥き出しに建っている形式ではありませ
んので、外から扉を叩く習慣がありません。
銅鐸なども、わが国では、初めから実用的に使われたことはなく、儀式のお飾り用でしかなかった
ようです。
わが国では、バンバンと叩くような野蛮な形式は、昔からどうも苦手だったようです。
金属製のドラ(銅鑼)は、(ジャーン、ジャ〜ンですが、)伝わっていたものの、(お寺の儀式では今
も使われています。)実用では使われず、直ぐにお寺の儀式用にお蔵入りしてしまいました。
もっとも実用を重んじるべき戦争などでは、ド〜ン、ド〜んと鳴る非実用的な太鼓の方が、使われ
ていたのですから、不思議な国です。
似た例は、合戦で多用された法螺貝も同じでしょう。
(子供ころ家にあったので、吹いて遊んだことがあります。)
いずれも波長が長いのですから、きびきびと進退しなければならない筈の合戦での進退合図に使
われていたのは不思議です。
銅鑼があるのを昔から知っていたのに、あえてこれを使わず法事の道具にしてしまったのは、日
本では小うるさい金属音がよほど嫌われていたので、太鼓や法螺貝を利用する結果になったので
しょう。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
