01/30/05
責任能力の主張、立証責任(刑法26)判決の書き方
刑法学者は実務に関しないのであやふやな書き方でも済むでしょうが、実務はどちらか決めねば裁判ができません。
そこで、実務はどうかを見るのが分りよいでしょう。
実務では、立証責任そのものをテーマに争われることは滅多にないでしょうから、実務を趨勢知るには、判決理由の書き方の区別を見ればよいのです。
すなわち、有罪判決の場合で「責任能力がなかったとまではいえない」と言うような書き方の場合は、立証責任も被告人側にある事になり、「責任能力が(優に)認められる」と言う場合は、検察側に責任があることになるのですが、私はどちらだったか良く覚えていません。
或いは「疑いがある」というだけで、心神喪失や耗弱(こう弱と読みます)が認められた例が有れば、立証責任が検察にあることになります。
長年弁護士をやっていてだらしないと言われそうですが、刑事は判決書きを請求しなければくれないことが原因で、控訴する予定のない事件では、判決書きを請求しませんので言い渡しを聞くだけで厳密に見たことがないと言うわけです。
実際、無能力かどうかだけを争点にして、鑑定意見が気に入らない(間違っている)と言って控訴する事例は殆ど考えられないでしょう。
外の鑑定と違って、客観的記述が少ないので精神医学の素人である弁護士が反駁する材料に乏しいこともあります。
書いていること自体は論理的に一貫しているのですから、争うとすれば、鑑定材料=生身の被告人の見方〔観察)になるのです。
外の鑑定では鑑定資料を別の大学に持っていって鑑定してもらう方法がありますが、精神能力鑑定では鑑定材料は被告人そのものですから、自由に持ち出せませんので客観的な争い、競合的な鑑定をし難いのです。
こういうわけで、判決理由の言い回しまで細かく覚えていませんので、私の事務所で修習中の修習生に聞けば、裁判所でどちらの指導を受けているかすぐわかるのですが、それでは月曜日になってしまいます。(このコラムは日曜の朝掲載分です)ので、事務所の弁護士に聞いてみました。
彼は現に修習中の人にも聞いてくれましたが、(現役修習生は、判決書起案の校正されたものをいくつかもっています・・・・)検察側の立証責任のような書き方をしながら、その同じ文の最後で、「・・であるから弁護人の心神喪失の主張は採用できない」と言うわけの分らない添削になっているそうです。
学者が訳の分らないことを書くくらいですから実務も混乱しているのか、それとも主張責任は弁護側であっても立証責任だけは検察と分けているのかもしれません。
ところで、実行行為とは、「裸の事実行為」ではなく、刑法的評価を受けるべき「意味を持った事実」である(簡単にいえば、人間の行為といえるかということでしょう。)とすれば、構成要件該当行為を実行したと言う検察による罪体の立証責任には、検討すべき責任能力の要件の内、かなりの部分の立証が含まれると思われますが重要な部分ではみ出る可能性があるでしょう。
このコラムは本を読まずに書いていますし、哲学的な概念分析には自信が有りませんので・・・。もしも故意無過失の立証責任の転換をすれば、責任無能力であったと言う立証責任まで被告人側になるとした場合、鑑定費用や鑑定人の手配その他の手続きの負担は被告人が負担するかの問題が起きてきます。
現在は、裁判所がみんな手配してくれていますが・・・・・。
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