01/23/05

民事法の融通無碍性(具体的妥当性 ) 民法120  

英仏などの西洋とわが国との法律に対するアプローチの仕方の違いは、刑事の場合に顕著ですが、民事や商人間で発達した商慣習(手形取引は江戸時代から発達していたことは05/11/03「銀行とは ?(約束手形の発達1)8」のコラムで紹介しました。)のるールに関しては、殆ど違いがありません。
法網を潜って
  「ずるい奴が不当に得をする」
場合、権利の濫用法理や信義則違反(民法1条)、果ては公序良俗違反(民法90条)を理由に無効にしてしまえる規定が手厚く用意されていて、形式的な成文法規に縛られない仕組みになっています。
権利の乱用については12/12/02 「権利の濫用(民法19)」のコラムで少し紹介しました。
要するに「具体的妥当性」によって解決するというものですが、これについては、人権法学者も、弁護士も文句を言わず、むしろ活用するのに積極的です。
ちなみに、私はいわゆる「我妻民法」を基本書に勉強したのですが、この「具体的妥当性」という言葉は、社会経験のない学生時代に読んでいると、何がなんだか分らず、これじゃあ、法律がないのと同じじゃないかと疑問に思ったものでした。
具体的妥当性については、06/26/03「学者と実務家 3(法律家1)」のコラムで少し書きましたが、大人になり、また法律家として経験を積んでいくと、なかなか、含蓄のあるものだと思うようになりました。
大袈裟に言えば、孔子の教えみたいな感じをもつようになりました。(今度は孔子様が「そんな奴と一緒にするな」と怒るでしょう?)
「一緒にするな!」と言えば、中国のどこの孔子廟へ行ったときか忘れましたが、ガイドの人が、受験勉強に人気があるとかで、日本人は孔子を知らないと思ったらしく
   「お国の菅原道真みたいな人です。」
と説明してくれたのには、(効能は似ていますが、とても一緒にはならないだろうと)驚いたものです。
その当時(今から約20年前)の中国は、地方では水牛が寝そべり、日本に大幅に差をつけられ、援助を受ける立場でしたから、国民はかなり自信をなくしていたのでしょうか?
ガイドの人が(当然公務員です)、あれ(水牛)も国家公務員ですと自虐的に説明する時代でした。
それにしても、偉大な孔子様と同列に紹介されたこちらの方が恐縮してしまいますよ!
彼、ガイドは20代後半から30歳になったばかりの人でしたから、(日本留学中はなんと千葉県に住んでいたとも言います。)或いは文化大革命世代で、孔子のことをよく知らなかったのかもしれません。
孔子の教えと言うのは、体系的ながっちりした思想を前面に出しませんが、結局具体的事案に応じて、指針を与えるもので、何千年にわたって人気があるのです。
評価は死後定まるとも言いますので、「我妻死すとも、我妻民法死さず」と言われて、いつまでも尊敬され続けて欲しいものです。
今ごろ感心されても、我妻先生は草葉の陰で苦笑しているだけでしょう。



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