01/21/05

価値観の共有と法の支配の実際2(日本固有の法)

わが国(の刑事裁判)では、結果重視社会ですから「法律に違反さえしなければいいのだ」という行動は「免れて辱なき徒」として、蔑まれるのです。
民事でも、法理論で精一杯戦うのですが、一応の勝負がついたところで、結果の落ち着きから見て「この辺で和解はどうか」と言う提案が入ります。
そうすると殆どの弁護士・当事者は、自分の正当な主張が認められればいいのであって、そこから先は「落ち着きのいい和解は受け入れます」というのが普通です。
要するにローマ法で裁判するのですが、実際の解決は日本独自の法(正義)で和解して終わるのです。
こういう和解に応じそうもない人は、血も涙もない「人非人」(ひとでなし)と言われ、怖がられます。
戦後朝鮮系の金貸しが(人が悪いわけではないのですが、こうした呼吸が分りませんので)こうして怖がられたのです。
彼らにすれば、「正しいことを主張するのが何故悪いんだ」と言うわけですが、こういう人は
   「うっかり付き合うと怖い人だ」
と恐れられて社会からつまはじきされてしまうのです。
私が弁護士になったころに比べると、最近は「日本の法」がわかってきたらしく彼ら朝鮮系の人も考え方は同じになってきて、殆ど日本人と変わらなくなってきていますよ。
奈良時代に律令が入っても形だけ取り入れた後は、殆ど問題にしないで独自の慣習法で約1000年以上も運営してきたように、西洋(ローマ)法を明治の初めに継受したものの、100年も経った今でも同じ発想で運営していると言うべきしょうか?
中国の近代化の遅れを批評して法治国家でなく、人治国家だと揶揄する言い方がありますが、わが国はどうなのでしょう?
但し、1週間ほど前に昨日上海から帰国したばかりと言うビジネスマンの話では、中国もこの数年急ピッチで法治国家に移行していて、「数年前にはまさに人治でどうにも動かなかった社会とは変わっていた」と言うことでしたからうっかりできません。
多民族社会と言う点では中国もアメリカと同じですから、 1月20日・・・・1「多様な価値観と法治国家1(憲法99)」のコラムで書いたように、近代化すればむしろ本質的に法治国家になじむ社会なのではないでしょうか?
わが国は人脈次第、個人の考え次第でどうにもなる社会ではないのですから、中国の近年までの人治国家とは違いますが、どちらかと言えば、コンセンサス重視社会と言えるでしょう。
これからも私が主張するように、外国人移民大量受け入れ反対を続けれれば、ずっと同じ価値観で出来上がった社会のままでしょうから、(少しくらい入っても同化してしまうでしょう)天の声・総意とも言いますが、阿吽の呼吸で国民意識や痛みが分る社会が続くのでしょう。



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