01/19/05
異民族支配と陪審2
異民族支配と陪審2同一民族による裁判を求める民族感情は、今でも健在です。
実質的米軍占領下?の沖縄で事件が起こるたびに、日米の裁判権が社会問題になることを想起すれば、すぐわかるでしょう。
実際大騒ぎになっているのは、日本の裁判例では、執行猶予になる程度の事件で、アメリカでは却って実刑になってしまうような事例が多いのですが、それでも日本の裁判権にこだわるのです。
陪審制度は人権保障に関係がないとはいえませんが、もともとは異民族支配があればどこにもある民族感情の発露でしかないと言えるでしょう。
ところで、今のアメリカのように(当然星条旗や、民主主義という標語では価値が統一されていますが・・・)価値観の異なった人の多い社会で、人種間にまたがる事件で陪審員が直感的正義で判断するのはむしろ危険ではないでしょうか?
小数の異民族が多数の被支配民族を支配する構図では、被支配民族で構成される陪審は意味があるでしょうが、多数の白人層が、少数の黒人層や、遅れてきた少数の移民層を支配する今のアメリカでは、却って事態を悪化させるだけではないでしょうか?
黒人の暴動を引き起こした、ロスの白人警官に対する陪審判決を想起すれば、アメリカの陪審の抱える問題点が分るでしょう。
専門家は、陪審員は如何に公正に議論し、公正な結論を導いたかを説明してくれるでしょう。
私が言いたいのは、陪審員による細かい議論の紹介によって陪審制度が如何に機能したのか、しないのかの説明でなく、一種の異民族支配である白人と黒人の関係において、支配層が陪審を構成していては、被支配層の黒人(中国系、韓国系移民も同様です。)はなっとく出来ないだろうと言うことです。
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