01/11/05

流域下水道と循環型社会1

処理施設が市町村(或いは広域事業組合でも同じです)ごとですと、水は低いところに流れるので、どこの市(広域組合)でも自分の取水口は、自分の市(広域組合)の最上流付近にしなければなりません。
また自分の市または広域組合内を循環した後の汚水の放流は、最下流付近でするしかありませんから、市または広域組合の境界ごとに放流と取水を繰り返すシステムでは、下流の市・広域組合が一つ上流の市・広域組合が放流したばかりの「新鮮な汚水の処理水」を取水して飲むことになります。
このやり方は,日本中どこでもいくつかの市や県を貫流する大きな川の流域では、必須パターンですが、これをやめるためには、各市・広域組合が汚水を自分で放流せずに、次ぎの市・広域組合の下水管に繋ぐやり方がすぐ思いつきます。
これを順次繋いで最後は海までいくのが「流域下水道」計画と言うもので、市や県単位では出来ないので政府が中心になって途方もない大規模公共工事として計画していたのです。
このやり方は流域ごとに一つの下水道組合みたいなのを作って、(利根川水系で言えば、上流の群馬、栃木両県から埼玉茨城千葉東京にいたる1都5県市の連合体になるのでしょう。)最終は海近くの大規模終末処理場(利根川水系で言えばとてつもなく大きな処理場になるでしょう)までパイプラインで持っていこうと言うもので、1面では合理的です。
ところで、昔からの農業用水でも、現在の上下水道や工業用水でも、上流で使っては川に戻して再利用の繰り返しができるようになっているから、上下流域がなり立っているのです。
最後は海でもこれを使って、牡蛎の養殖や沿岸漁業がなりたっているのです。
森は海の恋人とも言います。
川の水は中流から下流にかけて多いものですが、中流域で湧き水があって水量が増えているのではなく、多数の支流から水が流れ込むので、下流になるにつれて、本流の川幅が広く水量が豊富になっているのです。
これら支流の水、たとえば利根川の支流、鬼怒川の流域人口を考えればすぐわかるでしょうが、(殆ど栃木県をカバーしているでしょう)それぞれの上下流域で使っていますので、これらがみんな使う都度、全部パイプライン・暗渠にして海まで持って行った場合、中下流の本流に流れ込む水がなくなるのです。
そもそも支流以前の谷川を考えてみると、温泉や谷川の旅館に泊まれば分ることですが、それぞれの場では、ほんの少ししか流れて居らず、それをホテルなど使っては戻しているから谷川の水が涸れないのであって、使うと全部パイプライン・暗渠と言うのでは、そもそも支流自体形成できなくなってしまうでしょう。
地震被害で有名な山古志村の例でも分るように、わが国では温泉地でなくとも谷川の段階から人が住んでいるのです。
利根川水系の膨大な流域人口や工業用水を考えると、(私の考えでは)結果的に川の水を殆ど全部取り込んでしまい、下流域では流れる水が殆どなくなってしまって取水できなくなるのではないでしょうか。
東京にいる優秀な官僚は、滅私奉公のつもりで自分は水を飲まなくともいいと言う立案かも知れませんが庶民はどうするつもりでしょうね?
言い過ぎかもしれませんが、「馬鹿な考え休むに似たり」と言うところではないでしょうか。
優秀な官僚+、審議会のお偉い方々の考えた結果でしょうが、優秀な人の考えというのはえてしてこういうことが多いものです。
大学病院の大先生の処方箋で薬を飲むと、今度は胃が悪くなるのと似ています。(漢方に頼る人が多いわけです)



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