01/08/05

千葉の歴史14(千葉県人とは2)紀州移民2と現地妻・・・・男女による結婚観の違い

話がすぐ横に行ってしまいますので、千葉県人の歴史に戻しましょう。(16年12月20日の千葉の歴史13の続きです)
銚子漁港開発前から、その隣接する九十九里浜では、紀州から季節労働者として一定期間イワシ漁にやってきて、住み着き地元民を下働きに使っていた時期があったようです。
当然のことながら日帰りや2〜3泊で帰るのは不可能ですから、季節労働者ないし、2〜3年単位で住み着いていて交代するなどのやり方があったでしょう。
現在でも、アメリカや中国駐在員になると任期は2〜3年以上というのが普通ですから、交通不便な時代にはもっと長かったかもしれません。
現地妻との関係も出来てきて、そのうち住み付いたのか、それともその間に出来た子供が仕事を継いだのかどうか分かりませんが、そのうち地元でイワシ漁が出来るようになったと言われています。
近松門左衛門の国姓爺合戦で有名な鄭成功・和唐内も、現地妻(すなわちニッポン女性)が生んだものです。
和唐内とは、・・今でいえばハーフ・混血児という実も蓋もない現在の表現の代わりに「和でも唐でもない」と言う文学的的表現です・・・・・近松さんの表現力はこうした線でも光っています。
女性というのは、昔から外人が好きなのかもしれません。
明治開国後アメリカ人や先進国人と国際結婚する女性が多いですが、(田舎の女性は都会人と)逆に後進国の人や田舎の人と結婚する女性は比較的に少ないようです。
こうして考えると「唐人お吉」を被害者のように思っている方が多いと思いますが、女性の真情を知らずに逆を想像しているのかも知れません。
10年以上前に、玉三郎主演の「唐人お吉」を見たことがありますが、私の解釈のような筋になっていたと思います。
他方、男性は女性の逆で後進国の女性や現地妻と一緒になることが多いのです。
農家の嫁不足で韓国、フィリッピン女性と結婚する紹介屋が昭和の終わりころ流行しましたが、最近あまり聞かないのは、あまりにもあんちょこなこうした方法は良くないと分ったのでしょう。
この意味では、農家の外国人嫁探しの結末は、外国人労働者の移入の先行指標とも言えるのです。
同じく子孫を残すための本能でしょうが、男性は相手構わず「子孫を少しでも多く残せればいい」という方向ですし、食べ物でも男は腹いっぱい食べられるかどうか、着る者は寒くなければいいとか質より量の傾向があります。
最近は、男性の都会化・女性化?で、格好にこだわるようになりましたが、これはメッキみたいなもので、ガサツでは「女性にもてなくなる」からと言う外的要因によるところが大きいでしょう。
女性は何事にも上質かどうかにうるさいものですが、女性は少しでも上昇したい願望・・・・子供の将来に責任があるからでしょう。
結婚条件の3高(高学歴高収入、背の高さ)を揶揄する傾向がありますが、結婚は単なる「恋愛感情・・1時の熱」で決めるべきでなく「損得で決める」のは女性の本質であって揶揄する方がおかしいのです。
昔から女性にとって相手の家柄が重要であったのは、昔は家柄がその指標であったに過ぎません。



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