01/07/05

蜂須賀家の名誉2・・商人とは10(多元社会)

前回まで商人の本質、周辺商行為を見てきました。
商人というのは、「仕入れて売る」、すなわち、場所の移動が本質的要素だと分ります。
日常的行動半径(海外旅行のついでいに買う人もいますが商人では有りません)から大きく飛び出した広域流通業者のことだったのです。
広域流通が主たる仕事であれば、商人の本分は「前だれかけてぺこぺこする」よりも、どこにどういう物産が余っていて、どこで不足しているかの情報収集ないし投機的能力が必須であったでしょう。
紀伊国屋文左衛門が「嵐をついてみかんを江戸へ運んで大成功した」のが有名ですが、商人(経営者)に求められる能力は昔も今も同じです。
当時は治安が悪く、人殺しと最も関係の遠いはずのお寺でさえも自衛上僧兵に始り、石山本願寺のように信長に対抗できるほどの兵力を持っていたのです。
人里はなれた所を往来する流通関係者は、(沙漠の隊商と同じ原理で)自前の武装も必要でした。
海で流通に携わる者も同じで、自衛の武装しなければやっていけないのですから、これが倭寇に発展していくわけですし、西洋ではバイキング、イギリス海軍にもなっていくわけです。
こうして各種新興産業の担い手は自衛武装集団でもあったのは当然ですが、これを野盗の集団の如く言いはやすのは問題です。
瀬戸内の来島一族など、領土にこだわらない分野の集団を後世海賊と呼んでいますが、これも同じ貶めです。
もともと楠正成に始って、農業だけに頼らず、各種産業に手広く手を染めていた地域実力者は、悪党と呼ばれていたのです。私に言わせれば、戦国時代までは、権力主体は多元的な世界だったのですが、豊臣秀吉による統一後は、農業主体の集団だけが正統とされただけではないでしょうか。
我々現代人は、この領土主義と言うか農業主体の考え方を受け継いだ明治政府が強調した、士農工商で截然と分ける思想に馴らされていますので、土地領主以外が武力を持つのを理解し難いし、宗教集団が武力を持つのは邪道と言い、土地領主以外の武力集団を夜盗や海賊のように思い込んでいるだけです。
世界には海の民、遊牧の民など土地境界に縛られない生き方がいくらあってもいいのです。
歴史を見れれば、封建領主が広域流通を阻害し、これに被害を受ける商人の支持で絶対国家が成立しました。
絶対国家も国外との流通に邪魔になると、市民革命がおきたように、世界企業にとっては、国民国家思想は、時代遅れの思想と言うべきではないでしょうか?
私は世界国家連合による平和実現よりも、国家の境界を無くすことによる平和実現の方が、望ましいと考えています。
これと似た考え方で、10/13/04「覇道と王道1(国際司法裁判所の役割2)」以下で、超大国の国力や国際司法裁判所での強制力よりも、消費者の選択(ブゥーイング)・市場淘汰に任せるのがよいと言う考えを述べたことがあります。
もともと、現在の国境思想や民族主義は、特定の立場から強調されただけのものであるのに、これに毒された近代以降、戦争や民族紛争が発生していまだに続いているだけのことではないでしょうか?



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:農地に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:地方に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:歴史に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資