01/02/05

初詣4(人口減少=変化と宗教施設)

正月ですので、神社問題で考えますと、我が家近くの小さな神社は、参拝客であふれ返っているのですから拡張するなり、近くにもう一つ新設するなりして、人のいなくなった田舎の神社は閉鎖していくべきでしょう。
神社と言うと特殊のように考える人がいると思いますが、わが国の神社やお寺も、もとは人家に関係なく出来たのではなく、開墾等で新しく人が住むようになるとそこに新規出店?し、必要がなくなれば○○廃寺といって廃止してきたのです。
それにわが国の宗教施設は、特定宗教教義の押し付け機関ではなく、明治までは地域の各種教育機関、公的行事機関・旅館・公園(避難)場所など総合的機能を果たしていたのです。
日蓮でも法然でも、比叡山などで修業・学問してから別の宗派を開いているのであって、またある寺があるときから別の宗派になったり、神社に鞍替えする例はいくらもありますが、(昨年のコラムで紹介しましたが、この、登戸神社もその1例です。)これは西洋的な宗教観からは考えられないことなのです。
日本の宗教がおかしいのでなく、日本のお寺や神社は、もともとそういうもの(大学の講座みたい)でしかなかったのです。
宗派を変えるどころか、殺生に反する軍の基地にさえ提供しているのです。
信長の本能寺に始って、幕末に会津藩が京黒谷のお寺を本陣としたのを、思い出してもいいでしょう。
明治以降政府は、政治的には宗教色を強くしていきましたが、実質的にはカビの生えてくるような復古的行事しか認めない抑制策・安楽死政策をとってきたと思います。
明治の復古政策の実質については、09/24/03「教育改革・・・・明治維新と学制改革(学制) 2(復古政策)」以下で紹介しました。
このしたたかな宗教抑制策に甘んじて、大学や、小中学校に寺子屋から高等教育機能まで、あるいは各種公的機能全部を政府や公共団体に取り上げられて、従順に黙っている方がおかしいのです。
神社等は、国家神道にしてもらって政府の身内になったつもりで、政府に反対できないと言う立場で黙ってきたのでしょうが、政府は味方のふりをして実質安楽死を目指してきたのです。
本当は最近の公民館活動、図書館、市民講座(各種稽古事の企画、教養講座の開設、結婚式)或いは各種イベント(私の子供のころは神社や観音様の境内で、旅芸人の芝居や相撲などやっていました。)など、宗教側でやれることは(要するにイベント業に脱皮すればよかったのです)いくらもあったのに、指をくわえていたのが解せません。
「祭り」と言う言葉も、元は「人がまとまって何かする」(イベントです)という語源らしいですから、本来の語源に従うべきなのです。
新興住宅地がどんどん出来れば、旧市街地で発達したデパートやスーパーが新規出店し、キリスト系の教会や幼稚園が出来るのに、何故神社やお寺が出て行かなかったのでしょう。
あるいはデパートが客数にあわせて増床工事で規模拡大しているように、旧市街地で人口増加地の神社や仏閣も近隣の用地買収をして拡大すればいいのです。
神社もお寺も経営の視点でやっていかないと、枯れてしまいます。



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