01/01/05

今年は鶏鳴とともに(人間以外の生き物も大切に)

あけましておめでとうございます。
皆様にとって、今年も良い年でありますように!
今年は酉年ということで、鶏鳴(コケコッコー)で夜が明け、年があけたことになります。
何となく陽気で明るい夜明けのイメージですから、災害の多かった昨年に比べて、今年は明るい1年になりそうです。
鶏鳴と言えば、中国の故事「鶏鳴狗盗」をご存知の方が多いでしょう。
物事の知識が嵩じますと、知識が一人歩きするような話です。
「鶏は夜明けに鳴く」、だから夜中でも「鶏が鳴けば」、(鶏鳴の物まねでも)「夜が明けた」ことになって、「真っ暗闇でも関所の門を開いた」と言うのですから、いかにも中国らしい、しかも形式的な知識人の喜びそうな話です。
この孟賞君の故事は、本当にあった話なのか、「食客を多く抱えていたならば、こういう人材もいるだろう」という例え話なのか、今のところ私には分りません。
昨年は息子や孫の真似、「オレ、オレ」詐欺が流行しましたが、今年はこうした犯罪行為ではなく、酉年なので、酉にあやかったアイデア豊かな鶏や鶯などの物まねなら楽しいですね。
我が家でも、小鳥の高周波の鳴き声が気持ちがいいということで、いろんな小鳥のさえずりのCDをかけて楽しんでいます。
昨年は鳥インフルエンザの発生で、鶏も御難でしたが、今年は、鶏にとってもその恩恵をこうむっている人間にとっても、良い年になって欲しいものです。
酉といえば身近な鶏ばかり想像しがちですが、野鳥にも目を向けたいものです。
アホウドリの復活に殆ど一生を賭けている東邦大学の先生もいますが、(立派なことです)身近な目白やウグイス、四十雀、ヒヨドリなどの生育環境がなくなって行くのも寂しいものです。
野鳥に比較すれば、鶏の数は史上最高に達しているのでしょうが、それで鶏族が栄えていると思う人は誰もいないと思います。
鳥インフルエンザを通して分るのは、鶏族は、数ばかり増やされて、ぎゅうぎゅう詰め鶏舎の劣悪な環境で生きているのです。
昨年のクリスマスでは、鹿児島「桜島の地鶏」と言うのを食べましたが、健康に生きている鶏は本当にうまかったですよ!
牛も放牧しているのは僅かで、殆ど鶏舎と同じような環境です。
消毒や糞尿処理などで、人間のための環境問題はクリアーしているのでしょうが、牛や鶏、豚の「生きる権利」みたいなのはどうなのでしょうか?
どうせ食用として殺されるのだから、「生きる権利」などあるべくもないといえばそれまでですが、人もいつかは死ぬのですから、私が問題にしているのは「生きている間の権利」みたいなものです。
「権利」と言えば、12/16/02「動植物の権利能力について 2」以下で紹介したとおり、動植物には権利能力がないので、法律家らしからぬ単語と批判されそうなので、「権利みたいなもの」といっているのです。
ペットの犬や猫みたいに「猫可愛がり」しなくともいいのですが、これからは、「同じ生き物としてそんなことまでしていいの?」と言う心情、「相応の待遇が必要だ」と言うコンセンサスが生まれてくるといいですね。
動植物に対する基本的な私の考え方は、あちこちのコラムに分散して書いていますが、04/29/04「過疎地域活性化特別措置法2(過疎地とは?5)」等、思いがけないところで書いていますので、「動物」のキーワード等でサーチしてください。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:正月に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資