01/29/04
生類憐みの令2
話が毒殺と後継者選びにそれましたが、危機時に有能な指導者が出現すれば中興できますし、これが出来なければ、革命になってしまいます。
ルイ16世は、お人よしだったと1月25日のコラムで書きましたが、前時代の悪政・やり過ぎで国民に不満が溜まっているときには、お人よしでは済みません。
そういうときには、積極的な改革が必要になるのです。
そして徳川幕府はそうした人材・吉宗の担ぎ出しに成功したので、天命が革まることなく後150年間も、命脈を保ったと言えるでしょう。
「生類憐みの令」と一般に言われ、一つの命令のように思う方が多いと思いますが、これは一つの令ではなく、23年間に亘って次々と出された多数の命令で成り立っています。
以下に紹介しますが、一見して明らかなように内容は思いつき的追加ばかりで、計画性のない拙い統治能力を表しているように思います。
まさに「御触れ」の域をでないものです。
解説者によっては、30何回という人や60何回とかの「御触れ」だったと言う人もいるくらいの数ですが、そうした無定見な政治家であったからこそ、その一方で気楽に既成の喧嘩両成敗法を破ってしまうことも出来たのでしょう。(法の重みを考えなかったのです。)
こうしたでたらめ政治の後を受けた吉宗が、人心の安定を図る為に「公事方お定め書き」と言う大法典の編纂をしたのは、歴史の必然だったと言えるかもしれません。
生類憐みの令を参考の為に皆さんに紹介したいのですが、タイピングが面倒なので便宜
http://homepage2.nifty.com/gojireomogu/rekishi/edo/1685.html
| 1685年 | 貞享2年 | 2 | 12 | みだりに鳥銃を放つことを禁じ、逮捕人・訴人には賞金を与えることとする |
| 11 | 7 | 鳥類・貝類・海老などを今後料理してはならない | ||
| 1687年 | 貞享4年 | 1 | 28 | 重病の生類を死なないうちに捨ててはならない |
| 2 | 21 | 飼犬の毛色を帳簿に記せ。犬の出入りは正確に把握せよ | ||
| 27 | 食料として魚鳥を養うことを禁止 | |||
| 3 | 26 | 生鳥を飼うこと禁止 | ||
| 4 | 11 | 禽獣の類で、人に傷つけられたものあらば訴え出よ。主のない犬には食物を与えよ | ||
| 30 | 鳩を礫にて打ちたる者処罰 | |||
| 7 | 20 | 市内で大八車や牛車などが犬をひかないようにせよ | ||
| 9 | 13 | 往来の者で生類を傷つけた者がいたら、辻番所の番人はその者の住所を聞き、後日の調べがあるまで他出しないよう申し付けよ。辻番に止めておくには及ばない | ||
| 11 | 15 | 捨馬をするな。捨てねばならぬほど衰えた牛馬は届出よ。生類を人が傷つけたならば、その場で調査せよ。傷ついてもまだ死なない生類を見かけたら、その者が速やかに引き取り養え | ||
| 12 | 23 | 捨馬をするな。した場合には遠流 | ||
| 1688年 | 元禄元年 | 10 | 9 | 牛馬を捨てるな。牛馬が病で用に立たなくとも捨ててはならない。代官・地頭へ届け出ろ |
| 1689年 | 元禄2年 | 6 | 28 | 猪鹿狼が田畑を荒らしたり、人馬を殺傷する場合には、横暴の時のみ日を限って銃で撃ってもよい。しかし追い払うのが本当で、みだりに銃を用いるべきではない |
| 1690年 | 元禄3年 | 3 | 16 | 鳶が巣をかけないよう見廻り、その巣があれば取り捨てよ |
| 1691年 | 元禄4年 | 2 | 28 | 衰えた犬が沢山いるが、心を入れて養育せよ。犬が喧嘩している時は水をかけて分けよ |
| 10 | 24 | 蛇・犬・猫・鼠に至るまで、これらに技芸を教えて見せ物にしてはならぬ | ||
| 11 | 15 | 鳶が巣を作ったら、卵を産まない内に速やかに捕えよ。しかし卵や雛があれば、そのままにせよ。牛車や車をひくときは宰領をつけ、生類にさわらぬよう気をつけよ | ||
| 1692年 | 元禄5年 | 1 | 20 | 子犬が道路をうろうろする場合は、母犬をつけて往来のさまたげにならないようにせよ |
| 10 | 3 | 子犬を粗末にするな。大きくなるまで犬小屋に入れておけ。狂犬がいても捕えないようだが、これは捕えてつなげ | ||
| 1693年 | 元禄6年 | 4 | 30 | 猪鹿狼が出る場合には空銃にて撃て。それでも止まらなければ、玉込して撃っても良い。その場合には届けよ |
| 8 | 16 | 釣をしてはならぬ。釣舟禁止 | ||
| 10 | 犬を傷つけるな。主なき犬をなぐるな | |||
| 1694年 | 元禄7年 | 1 | 28 | 将軍御成りの道において、犬が喧嘩している時は、供の者であっても、速やかに出て引分けよ。衰えた犬をいよいよ撫育せよ |
| 3 | 5 | 生類憐みのこと、近頃怠慢の様子がある。いよいよ心を入れよ | ||
| 4 | 27 | 傷ついた犬がいるという。犬を傷つけた者は速やかに捕えよ | ||
| 5 | 22 | 傷ついた犬がある時は、その町中の過失とする | ||
| 29 | 子犬を捨ててはならない | |||
| 7 | 犬が喧嘩して傷ついた場合は、その毛色や傷の模様を細かく記し、犬医に見せ、薬をもらえ。もちろん犬医には謝礼を出せ | |||
| 9 | 5 | 江戸市中の金魚の数を詳しく書き出せ。金魚を飼うことは差支えないからありのまま記せ | ||
| 10 | 10 | 一層、生類憐みの令の徹底を計れ | ||
| 1695年 | 元禄8年 | 2 | 7 | 子犬を川へ流してはならない |
| 13 | 衰えた犬を見掛けたら養育せよ | |||
| 21 | 鳶の巣を取り払え。しかし卵がかえったならば、そのままにしておけ | |||
| 尋常でない魚鳥獣、其の他変わった生類を捕えてはならない。死んでいたら埋めよ。もちろん売ってはならない | ||||
| 5 | 23 | もと鷹匠であった寄合番尾関甚左衛門・井口理兵衛・野辺庄九郎・比留勘右衛門・沢平吉の5名を大久保犬小屋支配とす。これは大久保四谷に犬小屋を作り、主なき犬を養うに当たり設けられた職制である | ||
| 10 | 14 | 中野村犬小屋営築に当たり、森長可・京極高成に人夫を出すように命ずる | ||
| ・ ・ ・(途中省略) ・ |
||||
| 1708年 | 宝永5年 | 11 | 9 | 狂犬を見掛けたら辻番より所轄の者に届けよ |
の記事から転写させていただきましたので、紹介します。
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