01/23/04

中世から近世へ(国家権力の強化)3

また、話がそれましたが、道理が法に優先すると言っても、何のことか分り難いでしょうから、具体的な適用例を紹介しておきましょう。
鎌倉幕府では跡目相続は、御家人から幕府に事前に届けて、承認を得る仕組みでした。これを幕府が認めると安堵状を発行していたのです。
ところが、安堵状を貰った後に現当主の気が変わって、幕府に予め届けていた者に相続させないで、たとえば、次男などに譲る遺言をして死亡したときに、跡目相続争いが起きたらどうなるかと言う事例です。
この場合、跡目相続人が誰になるかについての当時の慣習は、本人の意思が優先するものでした。
道理・慣習の優先効という意味は、如何に幕府の安堵状があっても、安堵状を持っているものが負ける裁判制度だったと言うものです。(式目26)
「悔返(遺言の変更)が安堵状を破る」と言う法諺になって残っています。
このように、最初は、道理・慣習法が優先していたのですが、これも徐々に安堵状が強くなっていき、式目制定後およそ70数年後の1309年には安堵状を持っている者が、知行地を「押領」された旨訴えた場合、理非を論ぜず、ひとまず安堵状所持者に引渡したうえで、本案訴訟は理非によって裁断すると言う立法が出来ました。
現在の占有訴権みたいなものですが、占有訴権については、占有のところで説明しましょう。
これを安堵外題法といいます。
こうしてひとまず(裁判中だけです)ですが、安堵状が優先的効力を持つようになってきたのです。
その他「20年年紀法」といって、相伝の証文に依らず・即ち道理に依らず一種の時効制度を認めるようになったり、(今でも取得時効は20年と10年です)さらには、越訴禁止の拡大により、御家人が法廷で飽くまで自分の主張を繰り返せなくなりました。
それまでは一事不再理の法理はなく、負けた方が何回でも同じ内容の訴えを繰り返すことが出来たのです。
同じ事実ですから、要するに自分の考える道理に合う判決を貰うまで何回でも裁判を申し立てるということが可能でした。
これでは何時になっても勝敗が付きません。
こんなことが許されたのは、一つには、裁判の強制執行力が完備していなかったことの裏返しでもあったのです。
今の国連と同じで、幕府の力が弱くて御家人に強制する力が弱かったのです。
このように、徐々に法即ち幕府の力を強めて行く中で出てきたのが、問答無用の「けんか両成敗法」だったのです。
「悪法も法なり」というソクラテスの言葉がありますが、悪法であるかどうか、即ち道理に合っているか否かは別として「法」であるというだけで、強制するだけの権力の強さが必要と言う訳です。



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