01/16/04

同姓娶らず 6(匈奴、台湾、日本の男女関係)

長恨歌の事例は、姦通ではありませんが、親族間や主従関係では、どちらが上か下かは別として、男女問題が起こりやすい一例です。
玄宗皇帝のように、上位者が取り上げるのは良くても、弟などの下位者と結婚するのはよくない(王位簒奪の危険も在るからです・・・ハムレットの悲劇を思い起こしてください)という道徳は、人間の本性から生まれた道徳ではなく、支配者に都合のよい道徳でしかありません。
兄死亡後、その妻と弟との再婚禁止・同姓娶らずのルールは、そういう背景から、生まれてきたものと思われます。(どこの本にも書いていない・・・書いてるかもしれません・・勉強不足ですので・・・私の独自推測です)
匈奴・モンゴルなどに同姓娶らずのルールがないのは、パオの生活では、居住空間が小さいうえに、生活単位が小さく結婚したら別のパオに住むのですが、そのパオも集団で生活するのではなく、冬越しのときだけごく親しい女系の数家族が一緒になるだけです。
それ以外の季節は、大草原にポツ〜んとパオが一戸だけという生活が普通だったらしいです。
農業と違って散らばっていないと却って生活ができないのです。
ただし、チンギスハーンの時代は特殊で、外敵があったからか?纏まって生活したらしいのです。
こういう生活形態では核家族生活のうえに、親族間でも滅多に行き来がないので、姦通の可能性が殆どないのです。
モンゴル族(騎馬民族は純潔を尊ぶ?)は潔癖だったから密通がなかったという考えもあるようですが、私は生活様式が違うからだと思います。
こうしてみると、遊牧民、島国の台湾や日本に同姓娶らずのルールが根付かなかったのは、それぞれ生活空間となる建物が小さかったことと、小さな小屋が普通でしたので兄が結婚したら部屋を分けるルールがなくとも、自然に別の小屋や、パオを作って分化していた共通項があると思います。
こういう状態では、姦通の可能性は滅多になかったのです。
また、海洋国家・島国の特性もあったかもしれません。
日本でも全く姦通がないわけではありませんが、何かにつけて柔軟対応というか、画一的な禁令の少ない国でもありますので、(中国人が90何%かのシンガポールでは、何か有ると直ぐにに、ものすごい罰金や処罰が決まります)柔軟なのは、海洋民族性かも?)日本や台湾ではそこまで決めなくとも・・・というところで行き渡らなかったのではないでしょうか?
したがって時代が進んでも、同姓娶らずの強固なルールの発生がなかったと思われるのです。


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