01/15/04
長恨歌3(虚無縹緲の間とは?)
乱が収まり、玄宗皇帝は都に戻りますと、「帰り來たれば池苑皆依舊(旧によ)」り昔のままですが、既に楊貴妃はおりません。
悠悠生死別經年 魂魄不曾來入夢
別れてから年を經たのに、死んでしまった楊貴妃の「魂魄は、不曾來入夢」(かつて夢にも入って来ません。)
「悠悠たる生死」と読みますが、もしかしたら、「年を経たり」にかかる一種の枕詞(中国では枕詞とか季語の約束はありませんが、慣用的表現でないかということです)かもしれません。
高適(こうせき)「宋中」と言う詩に「悠悠たり1千年」と言うのも有ります。
そこで、君王が眠れず輾轉(あっちへゴロゴロこっちへゴロゴロ)の思いに苦しんでいるのに感じた、「臨?の道士鴻都客」が、遂に方士をして殷勤に覓(求め)させることとなりました。(玄宗皇帝は道教に凝っていたのです。)
臨?道士鴻都客 能以精誠致魂魄
為感君王輾轉思 遂教方士殷勤覓
排空馭氣奔如電 昇天入地求之遍
上窮碧落下黄泉 兩處茫茫皆不見
空を排し、気を馭(ぎょ)して(孫悟空みたいなものです)上は碧落(天空を蒼穹とも言いますので、青いところ全部と言うと窒素のある限りですかね)を窮め、下は黄泉(よみじ)まで、奔(走る)こと電のごとく、天地の中まで遍(あまねく)分け入って探しまわっても見つかりません。
忽聞海上有仙 山在虚無縹緲間
ところが、「海上に仙山あり」、「山は虚無縹緲の間に在る」と聞きつけます。
昔から、情報の重要性は変わりませんね。
それはそれはそれとして、私はこの下の句の表現は、絶妙だと思いますね。
この詩は、どの部分でも見ていくと幾らでも詳しく書きたいことがありますが、たまたま目に付いたのでここだけ、私の思いつきで個人的解釈を書いておきましょう。
多くの解説書では、「縹緲として雲のたなびく仙山が海上にある」という程度のあやふやな書き方ですが、「虚」と言う文字を、「うそ」とか架空の世界のように解釈して、「虚無」を一体に読んでいるのではないかと思います。
「虚」と言う字を「うそ」や架空の話と思う方が多いと思いますが、もともと「虚」と言う漢字は、大気を意味するものです。
辞書も見ないで言うのも(うろ覚え)なんですが、孟浩然の「臨洞庭」と言う詩の冒頭に、「虚」は大気を表す表現として出てきますよ。
要するに空気のことですから、ある入れ物に空気以外に何もはいってないのに、あるかのように見せて偽るのが「虚偽」と言うだけのことで、実は、大きな入れ物には、何もないのではなく空気が入っているのですから「虚」自体はうそでもなんでもないのです。
こうしてわが国では「虚」と言う漢字を「うそ」と読むようになったのではないでしょうか。
空虚とか虚を突かれるなどの用法は、本来の空気を意味するものです。
こうして見直してみると、詩は、「虚無・・の間」と書いているのですから、虚無と言う一体の空間にあるのではなく、「虚と無の間(あいだ)」に有ると詠んでいるのです。
文学用語には、「虚実皮膜の間」という熟語があります。
実物のりんごとその周りの空気との境界は誰でもわかります・・・・・。
ただし、この熟語は和製漢語ですので、たぶん「虚」とは真実ではないと言う意味で使っている筈ですが、実際あった「真実」となかった「非真実」の境目を脚色して表現すると言うのですから、虚と実の境目は、作者には予め明らかですね。
ところが「虚と無の間」となると、えらい難しいものです。
虚は空気ですから、空気もない「無」の場所とは、今の科学知識で言えば、真空域または大気圏外でしょうか?
話が変わりますが、科学技術のない昔でも、超ド級詩人の想像力は、半端ではないのです。
杜甫なども飛行機に乗ったことがなくとも、泰山の造化の妙をうたった詩では、現在飛行機から見るのと同じくらい鳥瞰的に正確な詩を残していますよ。
とは言っても、いくら詩人でも当時大気圏外までは想像を絶していたでしょう・・・・この詩では、一応家(楼閣)も建つているし、縹緲(ひょうびょう)として5色の雲もたなびいているようですから大気圏外ではなさそうです。
そうすると私が考えるには、大気圏と大気圏外のような、場所的にハッキリした領域のあるものではなく、大気の中に見る者が見れば分る「空気=この世」と、空気でない「あの世」が(混在)有って、その微妙な境い目の「場」に仙山があるというのではないでしょうか。
なんとなくタバコの煙が、細く薄い線のように空気中にたゆたっているような、圧縮された「場」が有って、そこを拡大してみると仙人界があるというようなイメージでしょうか?
このように解釈してみると、、無闇に空を排し、気を馭(ぎょ)して稲妻のように(奔如電)走り回っても、見つけられないのは当然です。
しかも虚と無の間の様子は「縹緲」としているというのですから、2重のベールに包まれているのです。
白楽天は、空気と空気のなくなった世界を想像しただけでなく更にひとひねりして、その境い目を考え出した可能性があるのです。
以上は、たまたまこの部分を見ていて、いつもの思いつき独断解釈ですので、どこかの本に書いているわけでもありませんので、(何の権威もありません)そのつもりで御読みください。
詩と言うのはこのように、「ああでもない、こうでもない」と考えるのも面白いですよ。(法律家的思考方法かな?)
楼閣玲瓏五雲起 其中綽約多仙子
中有一人字太真 雪膚花貌参差是
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風吹仙袂飄飄舉 猶似霓裳羽衣舞
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仙山に行き着きますと、そこには中国古来の絵画的表現の世界です。
五色の雲たなびく中に楼閣がそびえ、その中に綽約(しゃくやく)とした多くの仙女がいます。
中に字(あざな)は太真 と言う仙女が1人いました。
例によって、仙女につきものの仙袂(せんべい )を飄飄として翻す姿は、楊貴妃が生前に宮廷で舞っていた霓裳羽衣の舞に似ています。
しかも「雪の膚(はだえ)花の貌(かんばせ)参差(しんし)として是なり」と言うわけですが、ここで、白楽天は、深窓の令嬢の名である「玉環」ではなく、道観で貰った名前「太真」を出します。
読者におかしいなと想像させる為でしょうか?
そして、大団円は、
天長地久有時盡 此恨綿綿無絶期
天は長く地は久しくとも、(ご存知天地長久の熟語です)時有りて(いつかは)尽くるとも
(地球或いは宇宙に寿命があるのを知っていたのですね。)
「この恨みは綿々として絶ゆるの期なからん」(宇宙の寿命が尽きても、この恨みは綿々と細い糸のようにつながって絶えることがない)と言って締めくくり、これが長恨歌の題名の由来とわかります。
今回は思いもかけず、長恨歌の話になってしまいました。
次回から日本や台湾などでは、同姓娶らずのルールが何故定着しなかったかを、見ていきましょう。
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