01/24/03
憲法の限界 8
話が随分横に行きましたが、消費者階級の発生は、我国だけでなく世界中で、新憲法制定当時(昭和20年〜21年の事です)全く予想されていませんでした。
憲法は、抵抗勢力を顧慮する事なく、当時の理想で作ったと言っても、憲法には消費者、環境の視点が全くないのは仕方のない事です。
如何に立派な憲法と言っても、憲法は、その時代の社会状況を超えられないものだと、理解しておくと良いでしょう。
その意味で、社会の進展がある限り、憲法改正は必要であって『不磨の大典』などは存在し得ないのです。
国の制度も同様です。
国会議員は、自分の支持者の為でなく、良識を持って国家全体の為に行動する事が、憲法上の使命であると学者は解説しています。
『憲法第43条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する』
その為に代理ではなく、全国民の代表と呼ばれるのですが、戦後60年近くやってみると、特定の利益に結びつく弊害ばかりが、大きくなって来ました。
制度と言うものはどのように優れたものでも、使い方によっては悪しき面、すなわち、病理現象をかなり含んでいるものです。
薬も使い様で毒になるのと同じです。
これは制度が悪いのではなく、携わるべき人材を得なかったからでしょうか?
日本には人材がないのでしょうか?私はそうは思いません。
彼等は知事や首相ではない為、殆ど匿名で抵抗し、行動出来るのが特徴です。
鈴木宗男氏の問題行動が報道されて、議員活動の密行性・匿名性に驚いたのは私一人ではないでしょう。
議員は殆ど水面下で行動をしており、それが彼らの主要な働きとなっているのも白日の下に曝されたのです。
これまで、野中氏や故金丸氏のように、寝技師の異名を取る人が、大物政治家と言われて来ました。
創世会の創立者故竹下氏にしても、『言語明瞭、意味不明』と言われていました。
根回しや、国会対策のベテランが、国政をろう断する時代が続き過ぎたのではないでしょうか?
国会で堂々と意見を言うのが議員の本業なのに、新人議員もこれら先輩を見習って、水面下の口利きや、談合にうつつを抜かす(精進し)のが出世の近道と思うようになってしまいました。
彼等の最も重要な(水面下の)『議員活動』が選挙では全く報道される事なく、彼等の日常活動とは懸け離れた美辞麗句やスローガンのみが、選挙の争点になっているのでは、選挙制度が全く機能していない事になります。
こうした選挙後の行動の密行性、匿名性のお陰で、選挙の時は改革派、選挙が終われば抵抗勢力と言う早変わりを可能としているのです。
『当選すれば特定業者の代弁者』と言う状態が続けば、投票率が下がり続けるのは当然です。
投票率が下がるのは民主主義の危機と言って、税金を使って、飛行船を飛ばしたりしていますが、考える順序が逆ではないでしょうか?国民は、立候補者からしか代議士を選べません。
カタログと商品が全く違っているばあい、消費者はその商品を買わなくなるのは当たり前でしょう。
憲法に消費者の権利がないだけでなく、議院内閣制も憲法の改正の対象として、議論する必要な時が来るかも知れません。
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