01/08/03
ゆとり生活 2
高度成長期以降、我国は、その過剰生産による矛盾を輸出で解決していたのです。
(貿易黒字=赤字国の過少生産・失業の輸出)
戦後の我国は、焼野が原からの出発で、蓄積がなかったので、蓄積の為にも貿易黒字の積み上げが必要でした。
しかし、その期間も過ぎ、今や十分な蓄積が出来たのです。
青少年が将来の身体造りの為に、沢山食べるようなものでしたが、現状維持で足りる中高年になっても、青年の食べ物を横取りして、若い時と同じ量を食べる必要はありません。
黒字分は使い切れなくて預貯金(脂肪)に廻るだけでは、貿易赤字国や失業する若者はたまりません。
国際協調する為には、自分ひとりガツガツと働いて被輸出国の失業を増やすのではなく、現地生産によって、消費地の労働者の雇用を確保する必要があります。
この思想によって、国際企業は、昭和60年前後頃から現地生産を加速せざるを得なくなり、国内生産分は頭打ちとせざるを得なくなったのです。
これ以上の貿易黒字の増加が許されない以上、生産量を一定にするか、輸出の拡大は輸入を増やす限度にとどめるしかないのですから、バブル直前頃から、日本の経済成長は、頭打ちになるより外ない状況でした。
その頃から定年延長の動きが一般化し始めたように思いますが、ある企業の国内生産力を一定とした場合、1年定年を延長すれば、定年者の補充予定分の若年労働力の採用が1年間不要になります。
国全体で見れば55歳から60歳まで1年づつ延長すれば、5年間新規採用が全面ストップする理屈です。
伸びる企業や定年制のない中小企業があったりして実際は、でこぼこがありますので分かりにくいですが、全体の成長が止まった段階で定年延長をするのは、若年者の就職疎外要因となっていたのです。
その上、55歳の人は新卒の3倍程の給与を得ていますので、企業としては高年者ひとり残すと若年者2〜3人絞る事になり勝ちです。
ここ10年程、パラサイトシングルが増えたと言いますが、定年延長との関連を無視出来ないでしょう。
定年後も、引退せずにもっと働こうと言うのは、結局若者から更に職場を奪う事になるのです。
そのうえ、55歳で引退せずに居残っているのが、最も人口の多い団塊の世代ですから大変です。
この人たちが還暦を越えてもっと働くのは、国家にとってマイナスです。
同じ5年間失業でも、老人には生活保障して楽隠居の遊びを誘導すればいいのに対して、若者を5年失業させれば、腐ってしまうばかりか、(犯罪が増えますよ)伝承すべき技術の習得が途切れるなど、我国の将来にとって由々しい問題になります。
中高年の失業を回避しょうとする傾向は、間違った考えだと思いますが如何でしょうか?
物事には『ほどほど』が必要ですし、ある程度稼いだら休憩して豊かな生活の為に時間を使いたいものです。
労働供給過剰に対する処方箋は、1つには、ワークシェアリングを進めるのが大切でしょうが、今回の連続コラムは、隠居のすすめですので、2つめの処方箋として、『還暦の来た人は生産活動から引退して、伊能忠敬のように別の人生を目指すのが社会の為にもなりますよ』と言いたいのです。
この不景気に遊んでいていいのかしら?と罪の意識?に悩む事はありません。
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